「圧縮」の対義語として「解凍」が広まったのはなぜ?

はじめに

コンピューター用語における「圧縮」に対する対語として「解凍」が多くの支持を得て用いられています。一方で他の用語を充てることもままあります。

今回はこの「圧縮」対語としての「解凍」について考察してみたいと思います。

「圧縮」の対語の候補

「圧縮」の対語について、一般には以下の3つがあるのではないかと思います(リンク先はgoo国語辞書):

このうち、なぜか「解凍」が多くの支持を得ています。

一方で、Microsoft Windowsでは「展開」の語をあてています。その意味で「伸張」が最も少ない勢力なのではないかと思います。しかし、説得力がある語でもあるようにも感じます。

なぜ「圧縮」の対語として「解凍」が使われるようになったのか?

これは諸説ありますが、有力だとされている説としてLZH形式をサポートする「LHA※1」の付属ドキュメント(ファイル名:LHA.DOC)において「圧縮」に対して「解凍」が使われていたからだというものがあります※2

ですが、これは事実に反します。

なぜならば、同ドキュメントでは現在で言うところの「圧縮」をすることを「書庫」へ「凍結」すると表現しており、ソフトウェアの方の実際の表示でも「Freezing」としています。これはもちろん「凍結」あるいは「冷凍」といった意味です。なお、後ほど言及しますが「圧縮」をしない場合でも「書庫」への収納については「凍結」という表現を使用しており、「凍結」することとイコールで「圧縮」することではないことには留意する必要があります。

そして「解凍」についてのソフトウェアの方での実際の表示は「Melting」です。これは「溶かす、溶ける」といった意味の語であり、その意味で「解凍」とするのも1つの表現といえるでしょう。

したがって、「圧縮」の対語ではなく「凍結」の対語として「解凍」が使われているというのが事実に即しています。

しかし、時間の経過とともに「凍結」が忘れ去られて「解凍」のみが残ってしまったというのが歴史的な経緯のようです。

「凍結」が「圧縮」と入れ替わるまでの経緯

ここからは私の推測です。

そもそもはLHAは「書庫」へファイルを「凍結」する際に「圧縮」をしているという流れです。そして「書庫」からファイルを「解凍」する際に「○○」をしているわけです。

「○○」と、語を当てずに表現しているのには理由があります。実は「圧縮」の対語としての語はLHA.DOCの中では表現がされていません。

なぜなら、「書庫」への「凍結」の際には「圧縮」をしたりしなかったりという制御ができるため、「圧縮」という語を使う必要があるのですが、「書庫」からファイルを「解凍」する際には、すなわちそれは「書庫」からファイルを“取り出す”ということであり、「圧縮」をされていればそれを解き、「圧縮」をされていなければただ取り出して、単一のファイルに戻すという操作を行うということであり、必要に応じて透過的に「圧縮」が解かれるために言及を必要としないのです。

しかし、LHAのユーザーの多くはファイルを「書庫」に「凍結」するという“目的”ではなく、ファイルを「圧縮」するという“目的”で使っていたのでしょう。ですから、書庫に「凍結」することを「圧縮」することだと認識が転換されていったのではないかと思われます。

これがパソコン通信やそれから派生した雑誌や書籍の記事※3によって広まっていったのではないでしょうか?

これらの用語についての重要な補足

「書庫」、「凍結」、「解凍」といった語はLHA以前から使われていました。

まとめ

したがって「圧縮」の対語が「解凍」というのは、そもそも誤用であると結論付けることができるでしょう。「書庫」へ「凍結」する際に「圧縮」し、その「書庫」からファイルを取り出すことが「解凍」であったからです。

つまり、「凍結」の対語として「解凍」という語が存在していたということは間違いがない事実であり、「圧縮」の対語としての「解凍」は誤用から派生した対語以外の何物でもないのです。

よって「圧縮」の対語は「解凍」だ、「展開」だ、「伸張」だと議論することはあまり建設的ではないように思います。少なくとも「解凍」は誤用でありながらも最大勢力であり、「展開」と「伸張」は辞書的な意味合いで適切度が高いというのが現実でしょう。


2018年3月27日追記

対語の意味で反語と記述していた部分を対語に訂正しました。


  • 初期リリースはLHで、この時にも同じ語を当てています。
  • 例えば「“解凍”と呼ぶのはおっさんだけ? Twitterで“解凍”派と“展開”派の争いが勃発 – 窓の杜」という記事によると、

    Wikipediaによると、“解凍”という呼び方は国産アーカイバ-「LHA」のマニュアルで初めて使われたという。その後、「LHA」の普及とともに広まったと思われるが、最近では「エクスプローラー」のZIP解凍機能が“展開”と呼ばれていることもあり、“圧縮・解凍”よりも“圧縮・展開”というペアの方がしっくりくるという人がいても不思議ではない。

    と記載しています。

    ただし、本メモを書くにあたって日本語版Wikipediaの「LHA – 経緯 – エピソード」を見てみたところ、2017年5月27日現在には誤った記述は修正されていました。しかしながら、「凍結」と「圧縮」を混同している記述がみられます。圧縮することを凍結であると書いている点は誤りであり、訂正されるべきものです。

  • オリジナルであるMS-DOS版付属のドキュメントを読むとわかるようにLHarcやLHAの開発の最前線はパソコン通信上でした。このため雑誌や書籍がパソコン通信からの派生情報だったのです。

「圧縮」の対義語として「解凍」が広まったのはなぜ?」への1件のフィードバック

  1. T.Kagawa

    日本むかし話風(爆)で

    むかしむかし、日本でパソコン通信と言えばNifty-ServeかAscii-netじゃった。
    ファイルのアップロード/ダウンロードも可能じゃったが1回のダウンロードで1個のファイルしかダウンロードできんかった。
    つまり実行プログラムに10個のライブラリが必要な場合、[ファイルを探す]→[ダウンロード]→[保存]を11回繰り返さねばならんかった。
    これを不便に感じておった北海道のお医者さんは趣味で複数のファイルを1個にまとめたり複数のファイルに戻すソフトを作ってくださった。
    この時のソフトはLarcちゅうて圧縮機能はついとらんかった。そして当時はMS-DOSじゃったからまとめる時のメッセージは”Freezing”、戻す時は”Melting”と表示しちょった。
    なぜFreezing/Meltingかというと、作者が北海道に住んじょったからだとかなんとか。
    後にハフマン法による圧縮を取り入れてLharc→LHAとなったんじゃが、この圧縮がテキストファイルじゃと5%くらいになりおった。
    当時のパソコン通信は従量制で速度も大体1200bit/秒じゃったから時間と料金を節約できると大評判になってのう。
    ほとんどのパソコン通信ユーザーはアップロードよりダウンロードが多かったから、”Melting”のメッセージばかり見とってのう。
    いつのまにか圧縮したファイルを戻すことを”Melting”→”解凍”と言うようになったとさ。

    ……てな感じだったかな? (うろ覚えですいません)

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